能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.6を誌面と同時公開!!

Illustrator/Takayuki kudo

かわりばえのする私 vol.6

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 あー自分のオシャレ茨道をふりかえると、どうしたって、ババ臭いどころか「歴史」みたいな話になってきてしまいます。私もたくさん生きてしまったんだ、仕方ない。なにせこれから語る中学時代の話は1992年くらいのこと……でも、「時代性」とかはできれば頭の隅の隅に押し込めておいてほしい。一応それなりに普遍的なことを語りたいんです。
 ということで、中学2年生のときの私は服を買いたかったのですが、最初はどうしたらいいか皆目見当がつきませんでした。
 何しろ私はこの時点で、男性です。
 いちいちこのことを説明するのがもう面倒くさくて、最初からなかったことにしたいんだけど、そうもいかない。歴史の捏造になってしまう。気になる方は調べてください。
 ただ、私のような性別を変更するタイプの人間の定型句としてよく「生まれた時から性別に違和感があって」とか「男性の/女性の制服を着るのに抵抗があって」とか、そういうフレーズが出てくるけれど、私は中学校の時点ではそんなでもなかったのです。私の学校の制服は昔ながらの学ランで、決して好きではなかったけれど、かといって女子の制服が着たいとも思っていませんでした。性別を変えようと明確に意識するまでには、このときからなんと10年を要します。
 ともあれ、中2の私は、なぜ服を買いたいのに行動に移せなかったか。
 まず、私の住む街で服を売ってるところといえば、駅前の大きなスーパーだけです。服を売る店としてはおそろしくハードルが低い(というか、低すぎてむしろダサい)んですが、売り場に自ら足を踏み入れたことがないので、まだこの時点ではここに一人で入ることすら抵抗がありました。
 そして、おこづかいもさほどない。服を買ったことがないから、私が着たい服がいくらくらいするのか、まったく分かりません。値段の分からない状態じゃ、ますますお店には入りづらい。
 そもそも、私自身が自分でどんな服がほしいのかが分からない。ネットでもあればよかったんだけど……。
 そんなわけで私は中学卒業くらいまで、服について「親が買った服だから恥ずかしい。でも自分では何も買えない」というところから抜けられませんでした。なにせ中学生は制服で登校し、指定のジャージに着替えて部活をして、帰る、それだけ。私が入ってた超弱小卓球部(もちろん男子卓球部)は半分遊びみたいな部だったけれど、それでも土日にもだいたい部活があったので、ほとんどの日がそんな感じで終わっていました。特にほかにどこかで遊びたいという欲もなかった(街に遊べるようなところもないし)。
 ついでに言えば、我が卓球部は男女がわりと近い場所で練習していたので、私はなぜか女子卓球部の1個上の先輩たちと仲良くなって、湯田先輩(仮名)が1個下(私のクラス)のサッカー部の柿崎君(仮名)が好きだというので相談に乗ったりもしていて、のんびりしていました。マッチョでパワハラ的な男子運動部の嫌らしい感じに全然触れることなく、かなりラッキーに生きて来れたのです。日々、わりと平和。ジャージを着てさえいれば、ふだん「オシャレ」とも「マッチョ」とも一切関わりなく暮らせていたわけです。
 とはいえ、クラスの中では、ベッドタウンの公立学校だとまずヤンキー(当時は「不良」と呼ばれていた)的な子がいち早くオシャレさをまといはじめます。そして、中学校も後半になってくると、ヤンキー的でもない、そこそこ勉強もできてスポーツもできる、クラスの中心にいるようなタイプもにわかにグッとオシャレじみてくるものです。
 もちろん校内は制服かジャージだし、当時は校則もめちゃくちゃうるさかったので、茶髪なんか即「不良」確定(そもそも大人も含めて茶髪にしている人自体が超レアだった)、お化粧なんてとんでもない、という時代。それでも、なんとなくにじみ出てくるものがあって、なんだか浮かれた感じを漂わせはじめるヤツがいる。私はそこには確実に入れていませんでした。
 そういえば、不良でもなければ人気者でもない、ちょっとだけ影のある感じの橋爪君(仮名)が、隣町に行ってなにやら服を買ってきたみたいな話を友達としているのを近くの席で盗み聞きして、はっ、橋爪君オシャレすぎる……中学生で隣町に行くなんて……と思った記憶もある。北関東の「隣町」は、東京の「隣町」とは距離が違うのよ。もう、まるで環境が違う、知らん街なのよ。最寄の駅前のスーパーですらハードルを感じていた私にとっては異次元の世界。
 そうして、私は学校のジャージに助けられる形で、ノーオシャレで中学を終えました。進学した高校は、またごくふつうに制服が学ラン(女子はブレザー)の共学県立高。住んでいる北関東のベッドタウンからさらに田舎のほうに数駅行った小都市にあって、オシャレ的には期待するべくもない街です。ああ私はオシャレ茨道の入り口にも立っていない。

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Illustrator/Takayuki kudo


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