能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.20を公開!!

かわりばえのする私 vol.20

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 服をたくさん売っているお店(って、小学生みたいな言い方だな……。東京で言えばパルコとかルミネみたいな、いわゆる百貨店というか、そういう感じのところです。ファッションビルっていうと死語みたいになっちゃって、つくづくファッション用語って感覚が難しいね! カッコの中がすごく長くなっちゃった)に入る勇気すらなかった学生時代の私は、まず古着を買うところから入らざるをえなかったわけですが、じゃあその後どうやってパルコとかルミネみたいなところに入るようになったのかと考えると、そんなに劇的なきっかけがあったわけじゃない気がする。
 結局、服屋さんにビビり倒して入れない理由なんて「服を買いにいくときのための服がない」「今の服では店員さんにダサいと思われる気がする」みたいな点に尽きるので、「服を買いに行くときのための服」さえ手に入れればそこからはどうにかなるのである。その一歩を踏み出せばそこからじわじわこじ開けていける。私にとってはそれが下北沢の古着でした。
 あと、人のファッションに対して「それかわいいね」と言えば、向こうからも「それかわいいね」が返ってきて、このファッションは正解だったんだ! と自信が持てる、ということを私はだんだん知りました。アンドロイドが人の温かさに触れて心というものを知るかのような、めっちゃ原始的な進化だ。私はいろいろ意識しすぎて、他人のファッションも何か評価するような目つきで見ていたのかもしれない。さすがにけなしたりはしないけど、かつては特に褒めたりもしていなかった気がする。愛をもって肯定的に! 生きればいいんだよ!
 ということで、私は雪解けするように更生して、少しずつまっとうにオシャレの道を歩むようになっていったのでした。こわごわだったけど、お店にも入れるようになっていきました。
 すると、かつては服屋はすべて[ハードルが高い=怖い=オシャレ度も超高い]みたいな感じで、なんでもかんでもオシャレなもののように見えていたんですが、いろんな服を見ていくうちに、各テナント間で「あまりオシャレだと思わない」と「オシャレに見える」の区別も付くようになってきました。
 それにしても、「似合ってる」という言葉、昔から謎だと思います。
 すごく痩せている人がぴったりした服を着て、スタイルがよく見える→似合ってる。とか、ぽっちゃりした人がゆったりした服を着て、無理のないカジュアルな感じに見える→似合ってる。みたいなのは、体型の問題だから分かります。ぽっちゃりした人がサイズの合わない服を着たら似合わない、そりゃもう物理的な問題だもんね。そのくらいの浅い「似合ってる」までは理解可能。
 私が謎だと思っているのは、色とかデザインとかです。
 たとえば私はいま赤いパンツを履いてるんですけど(下着じゃなくてズボンのほうね)、これを「似合ってるね」と言われたとき、何がどうなったから似合うに至ったのか? と不思議に思ってしまう。
 いや別に似合ってるって言われて怒ってるわけじゃないんですよ。うれしいんですよ、褒められたら。でも、よく考えると理屈が分からないなと思うわけ。
 インテリアとかで「この家具にはこの色のカーテンが似合う」は、わかる。家具もカーテンも千差万別だから。でも、私の周りの人と私、そんなに容姿は変わらないし……太ってる痩せてる、目鼻が大きい小さいくらいの差はあるけど、家具やカーテンに比べたら人間の見た目のバリエーションってかなり小さくないですか? それなのに、パッと見で似たような人でも赤いパンツが似合ったり似合わなかったり、ヘンテコなデザインの服が似合ったり似合わなかったり、あれはなんなのかね、と。
 でも、私も「似合ってる」って使うのである。ものすごく感覚的に、似合ってるなあって他人に思う。
 その人の内面を見ているのかもしれない。明るい雰囲気の人に明るい色が似合っているとか、ミステリアスな雰囲気の人にダークな色合いが似合ってるとか。でも、なぜかその逆の場合だってある。まして、中身を知らない人の場合もある。まったく知らない通りすがりの人に対して、派手な服が似合うなあと思ったりもする。「似合う」はめちゃくちゃ難しい。全然説明できない。
 たぶん、経験と自信なのである。
 とにかく経験することによって目が養われて、「似合う」と判断することに自信が生まれてくる。
 私もどうにか古着だけ買っていたような頃は全然「似合う」が分かっていなかったけど、たくさん見ることによってなんとなく総合力で「似合う」が分かってきたのだ。服を買って、人の服をよく見て、経験の積み重ねでなんとなく分かる「似合う」。ファッション誌を買ってちゃんとチェックしてる人なんて、経験から手先の感覚で土から器を作っちゃう感じの職人である。みんなすごいよ。職人だよ。

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Illustrator/Takayuki kudo


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