能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.27をweb先行公開!!

かわりばえのする私 vol.27

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 久しぶりに美容室の話をしたい。私が美容室を好きになるまでの物語は、私の人生でもある。
 自意識にがんじがらめだった時期を経て、私は下北沢くらいならふらっと歩けるようになった(こんな田舎モンが歩いてたら指をさされて笑われるのでは、と思って歩くのも緊張していた時代があるのだ)。20~22歳くらいの頃だったと思う。その頃、ずっと気になっている美容室があったのだ、茶沢通り沿いに。
 そのお店は、建物自体は古い民家風なんだけど、そのお店の部分だけ中東の石造りのお家のような見た目で、ペンキをペタペタ塗った水色の外観だった。窓が小さく、ドアにも窓がない。店名がどこに書いてあるかも分からないけどなんらかのお店っぽい、と思っていつも通りすぎていたのだけど、チラッと窓からのぞいたときに美容室だということが分かった。
 まったく勘としか言いようがないんだけど、このお店は、なんとなく話が合うんじゃないか、と思った。
 自分はオシャレじゃないから怖くて服も買いに行けない、古着程度でせいいっぱい、と自意識にがんじがらめだった私が、なぜこんなに、ふつうに考えてもハードルが高そうなお店には入れると思ったのか、そのへんのところは今でもよく分からない。
 でも、当時も今も、イケてる美容室というのはとにかく大きなガラス張りなのだ。店名もどこかにババーンと出ていて、中がよく見えて、超明るい店内でスタイルのいい美容師さんがチャカチャカ動き回っていて、お客さんも非の打ち所がない美男美女。入ったが最後、気を遣って話しかけてくる美容師と一切話が合わず、出される雑誌も全然ピンとこない……みたいなガチガチのイメージがあったので、このなんだか分からない雲のような美容室はとにかくイケるはず! と、私は妙な確信を覚えた。
 で、ある日、意を決して、たのもー! と言わんばかりの勢いでドアを開けたのである。窓のないドアを。予約もせずに。
 お店の人は、思ったよりも年配だった。なんとなく一回り年上くらいの人を想像していたのだが、二回り以上、上に見えた。おそらくその時40代中~後半だったんじゃなかろうか。当時の20歳そこそこの私にはそのくらいに見えた(見当違いだったらごめんなさい)。
 そして、ご夫婦で経営されていた。それも意外な感じがした。私の固定観念として、田舎の「パーマ屋」と呼ばれそうなお店ならいざ知らず、下北沢の最先端オシャレ美容室で「夫婦で経営」なんて形態があろうとは、思いつきもしなかったのだ。
 だんなさんのほうはちょっと太めで、カールのかかったグレーの髪をかっこよく固めていて、店内でも構わずがんがんタバコを吸っていた。
 おくさんのほうは金髪であまり化粧っ気がなく、ふたりともかなり「さばけた調子のオトナ」だった。20歳そこそこのなんも知らないガキンチョの私からすれば、果てしなくオトナだった。
 ……なんだろうか、この「オトナ」という言葉だけでは表現しづらい感じは。いま自分がそのくらいの年齢になって、あのときの感覚はだいぶ失われてしまった。私がビビって入れない服屋の店員さんなんかに比べたってそりゃもうはるかにオトナの人たちだった。それでも私は、外観だけで確信を持って踏み込んじゃったんだからもう戻れない。
 今となってはその初めて入った日にどんなやりとりをしたか覚えちゃいないのだけど、とにかく私はそのおくさんの方に切ってもらうことになった。お客さんはほかにいなかった。
 私が切ってもらう間、だんなさんのほうはただヒマそうにタバコを吹かしていて、オレちょっと買い物行ってくるわ、なんて言ってでかけちゃったりする。そして、何かオシャレな雑貨なんか買ってうれしそうに帰ってきたこともあった。
 お二人とも映画にも音楽にも詳しくて、私は何を言われてもまるでついていけなかったのだが、時には知ってるようなふりをして受け答えをしていた気がする。そんな態度もバレていたんじゃないかと思う。
 とにかく、そこは私が背伸びをするためにとても合っていた。気持ちいい程度の背伸びとなる場所だった。結果、外観だけで入ってみた自分の勘に喝采した。
 3~4年ほど通ったものの、ちょっとした事情があり(先方には何も問題なく、私のほうの事情である)通わなくなってしまった。
 通わなくなってしまってから、だんなさんのほうが早くに亡くなってしまったらしい。私はそれをどこかしらで伝え聞き、その後だいぶたってから、移転して改めて始めたおくさんのほうのお店に行ったこともあった。
 さっき、ふと思いついて調べ、インスタを見つけてフォローした。返事がかえってきた。
 おとなになるとこういう物語ができていく。
 ファッション関係の話を書こうと思っていたのに、今回は全然ファッションの話になりませんでした。


Illustrator/Takayuki Kudo


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