能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.28を本誌発売と同日公開!!

かわりばえのする私 vol.28

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 唐突ですが、青森県立美術館でのミナ・ペルホネンの展覧会「つづく」を観て来ました。この展示は、東京・兵庫・福岡につづいてなんと青森に来てくれたわけです。うれしい。これまた唐突な話だけど、私は去年から、夏の間は青森に「避暑」をすることにしてるんです。もう東京の暑いのが無理になってしまった。青森でダラダラしていたら、ミナが向こうから来てくれました。やったね。
 展示はもちろんすばらしく、楽しかったのですが、ひととおり見終わってしばらく経ったいま、私の中に残っているのはテキスタイルデザインやブランドそのもののことよりも、ある一つのちょっと変わった展示でした。「洋服と記憶」というテーマで、実際に着ていた人から借りたミナの服と、その服にまつわる思い出が文章で展示されているというもの。
 服のデザインや形などの物質的・美術的なことを超えた、感傷的な部分についての展示なので、美術展にこういうテーマのものがあるということに少し面食らいました。でも、意外にも、後味として残ったのはこれだったのです。大事に長く着れば着るほど、その服には思い出が蓄積されていく。服はそういう感情や執着の部分も大いに担っている。身につけるものって、確かにそういうものです。
 ファッションにお金を掛けること、ファッションにこだわることって、どこか少し見下されているような気がする。衣・食・住で比べると特にそう思う。食べものにまつわる思い出とか、お金を掛けてでも食べたかったものとか、家の思い出とか、家の中のこだわりとか(以上、食&住)、こういうことに比べると、「服にお金を掛ける」ことはわりとネガティブに語られがちだし、「この服に思い入れがある」という話もそんなに聞かない気がする。例えば誰かしら芸能人がテレビで思い出の食事や飲食店を語ったり、インテリアのこだわりを語ったりすることはさんざん見ているけど、ファッションのことを語る機会はそれに比べれば相当少ないように思う。
 もっと服への思い入れを語ろう。私もあの展示を見て、何か思い出のある服について語りたくなりました(ミナの服は持ってないんだけど)。
 しかし、いざ考えてみると、語りたくなるような分かりやすい思い出が出てこない。困ったね。
 彼との初めてのデートでこれを着たんだ、みたいな分かりやすいのがありゃあいいんですが、びっくりするほどそういうことを覚えてない。頭を抱えて唸りながら思い出そうとしたけど、全然出てこない。我ながら呆れてしまう。
 私は、気に入った服を一つ一つ思い出すと、どこどこに着ていったというよりも買ったことそのものがいい思い出、というパターンが多いのでした。
 もう15年くらい前になると思うけど、pas de calais(パドカレ)で買った、黄色のタンクトップと細かい柄の入った萌黄色のフレンチスリーブのTシャツが二枚重ねになったもの、これを買ったときのことは妙に覚えています。これを買ったことで、私は初めて好きなブランドというものができたのです。このときにパドカレを好きでいよう、と決めました。
 オシャレな街を歩くだけで緊張していた私も、さすがに東京に長く住めば、渋谷も下北沢も、肩で風切って闊歩……とはいかないけれど、ぷら~っと気楽に歩けるようにはなりました(おそらく20代も後半のこと。オシャレとの折り合い方が遅すぎる!)。その日も何かいいものないかと思って、渋谷パルコ(現在のものではなく、建て直す前のもの)に入ったと記憶しています。
 街は気楽に歩けても、店員さんに声を掛けられるのはこの時点ではやっぱり苦手。私は基本的に一人で買い物をしていたので、パルコの各ショップを見るときも、通路側に並べてあって手に取りやすいところにある服を撫でる程度に見て、お店の奥のほうにある服を塀の向こうの景色を眺めるように背伸び気味に見て、お店の人がこっちの存在に気づきそうな瞬間に次のお店に移動する、という姑息なことをずーっとやっていました。とにかく声を掛けられたら終わりなのだ。なぜ終わりかというと、断ることと、なにげない会話がものすごく苦手だったのだ。もし「そんなに好きでもないやつ」の試着を勧められたとなっちゃあ断れないから大幅な時間ロスになるし、気持ち的にもまいっちゃうんである。
 したがって、まるで泥棒みたいな怪しい動きで2フロアくらいをサラーッと回ることになります。
 回廊状になった1フロアを1周し、エスカレーターに乗り、また次のフロアを1周し、また戻り……そのうち、あの店の奥のほうに見えたアレは試着してみてもいいかもしれないぞ、と、狙いが定められてきます。私はその日もたぶんそれで2.5周くらいはしていました。
 ちょっと長くなったのでまた次回。次回こそ服を買うよ。


Illustrator/Takayuki Kudo


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